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会社紹介
 

■素朴かつ贅沢【いただき繕】貊の商品 生きるために必要なものは自然界にすべて存在しています。 生きとし生ける命の本姓は捧げ合いであり、 そうした思いを純粋に遂げる命に溢れていることに気が付けば、 素朴こそが豊かさであり、素朴なものが手に 入り辛い現代においては、とても贅沢であることを実感するでしょう。 現在、いただき繕では、北海道の自然大農苑、スコットランドの海農苑・大麦農苑、スペインの薬草苑をはじめ、 世界各地の直営農苑での無農薬農法での栽培と共に、自然の恵みを頂いています。 レストランは、【肉食から菜食へ】【飽食から小食へ】など、生活習慣のシフトを支えるサポート・レストランとして個々に運営 しながら、より多くの方の豊かな生き方の糧となることを願い、共に裲修任両ι奮発・販売を行っています。 詳しくはホームページをご覧ください。 ◎いただき繕 http://itadakizen.com/ ◎貊(旧マンナネ・ワールド) http://mannaneworld.co.jp/ ■貊がお届けする商品について 食べ物は“いのち”です。 同じ“いのち”である食べ物と、私たちの身体との間には、緊密な相互関係が存在します。 こうした相互関係の維持において最も大切な要素は、各々に備えているバランス(調和)です。 マンナネでは、『真に良いモノ(ほんもの)』とは、自然の調和力に満ちた状態を保っている ものだと考えています。 自然の調和の取れた食べ物は、そうでない食べ物に比べて、消化・吸収のとき無駄が少ないと 言われます。 身体は常に余分なものを排泄物として外へ排除するからです。 無駄が多い食べ物は、食貪(異常な食欲)を引き起こします。 無駄が多いから消化・吸収のときも無駄なエネルギーを必要とし、体に負担がかかります。 その現象が食貪(異常な食欲)です。 自然の調和のとれた食べ物なら、今日の人々が考える量の3分の1で十分でしょう。 自然の調和の取れた食べ物は、値段が割高で非経済的だと言う人々もいますが、それは調和 の取れた食べ物、それを生かせる調理法、そして食事の作法を知らない故の誤解です。 自然の調和の取れた食べ物こそ、最も経済的な選択だと言えるでしょう。 私たちがお届けする『真に良いモノ(ほんもの)』が、 自然と調和した生活を目指す皆様の日々の糧となることを願います。 ありがとうございます。 株式会社貊(旧マンナネ・ワールド) 放射線汚染に関しての対策について 自然界における大地や海の【浄化】とは、あらゆる生き物が役割分担し、自然界に存在し なかった人為的に作りだされたモノを体内に吸収し、カタチを変えて戻すことで、自然界 は【浄化】されています。 お世話になった世界を浄化して、次世代にもっと良い環境を残そうとする。 それが命の摂理、自然の摂理です。 私たちが頂く食材という野菜も例外ではありません。 なにより怖いのは、発酵させることだと考えます。 人工物である放射能物質の影響を受けている物質が、発酵という化学反応を起こした場合、 何が起きるか分からないのが実情です。 (言うまでも無く、農薬との化学反応がもたらす影響は、計り知れません。)   マンナネが取り扱う商品の主な原材料は、2010年以前の在庫(天日塩、醤油、味噌)をメインに、 美深農苑で生産される野菜、ヨーロッパからの海藻や山菜、有機認定の材料を使用しております。 私たちは、一日も早い日本の大地の再生を願い活動していきます。 ■放射能について (補足として) 放射能は自然界にも存在しているものですから、多少数値が自然状態より高くても、 問題にはならないと考えてしまいがちです。 しかし、問題になっているものは自然界に存在するものでは無くて、 人間がいじって別のものになっているものです。 まずは、その差をはっきりと認識しなければいけません。 そして、我々いただき繕で一番重視している事が、命の観点からの見解です。 多くの人たちは、化学物質を化学式と数字で表される【物質】として捉え、 “いのち”と関係無いモノとして扱っています。 しかし実際は、レベルは違うかもしれませんが、 人間の性質と同じ働きがある“いのち”であると考えなければなりません。 もし、意識的な働きがあったならば・・・・ 人を助ける事も破壊する事も可能な存在だと、認識出来るのではないでしょうか。 今、我々人間が省みなければならない行いを正さずに、問題の終息はあり得ないと考えます。 自然の摂理に反してきた人間が、今後どう生きていくべきか問われている問題であるとも考えます。 「農哲学院」「貊」は、人間本来の生き方を模索し、 新しい日常として実践していくことが、希望への道となることを確信しています。